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川と生活のつながり



上田地方の土地利用

麦二毛作地帯と養蚕地帯

上田盆地の広大な平野は河岸段丘や塩田平のように隆起扇状地という隆起地形のため、灌漑用水路の開設には長い闘いの歴史があった(用水堰の項参照)。周囲の山地も浅く、流下する川も水量が少ない。そのため千曲川やその支流から用水堰を開設しながら水田を広げた。とりわけ塩田平はため池を築造してのため池灌漑が進められた。多くのため池は近世に入って築造されていった。

上田盆地は気候が穏やかで春の訪れが早いため、早くから二毛作が取り入れられた。裏作には麦が栽培され、6月の麦の収穫後田植えをする農業生産体系が確立した。明治以後、上田盆地では内陸の乾燥地に適合する小麦の品種として「伊賀筑後オレゴン」種が普及した。この小麦はうどん等の加工に最適で、たいへんおいしいうどん粉ができた。

近世以後、上田盆地には養蚕が普及した。春が早いため「春蚕(はるご)」の産地として長野県内では知られていた。江戸時代中期からは千曲川沿岸では蚕種業も広がり、養蚕は大きく発展する。明治以後も上田盆地は常に長野県の養蚕業の中心地として発展した。大正時代から昭和初期にかけては養蚕業・蚕種業の全盛期で桑園は土地利用の60パーセントを占めた。上田盆地では日常野菜を作る畑以外は水田と桑園であり、典型的な穀桑式(こくそうしき)農業が営まれた。

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