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川と生活のつながり



水産資源と漁業

明治期の漁業

明治12年、長野県は水産資源の利用と保護ということで、県内の漁獲法を調査した。

サケ漁

明治12年農商ニ関スル部 張簀によるサケ漁
明治12年農商ニ関スル部 張簀によるサケ漁
『長野県立歴史館 所蔵』

信濃川はサケが遡上(そじょう)する川として知られている。その支流である千曲川や犀川にもサケは遡上した。縄文から弥生時代の遺跡である南佐久郡北相木村栃原岩陰遺跡ではサケの骨が発見されている。平安時代、朝廷から出た『延喜式』には信濃国の租税の中にサケを貢物として納めていた記録がある。その加工品として、「楚割鮭(すわやりさけ)」と呼ばれる、生サケのはらわたを除いて乾燥させたものがでている。

千曲川のサケ漁は長野盆地の犀川との合流点上方の牛島付近が中心で、漁法は止め川という川幅いっぱいに高さ2mほどの張簀(はりす)をめぐらし、中ほどにアゴと呼ぶ扉をつける。ここに入ったサケは出られない仕掛けで、捕獲される。この仕掛けをかいくぐってサケは上田や佐久まで遡上、上田でも同じ方法でサケ漁を行った。

千曲川のサケは昭和14年(1939)に飯山市の下流の千曲川本流に西大滝ダム(東京電灯・現東京電力)が建設されてからは遡上できなくなり、サケ漁は急速に衰退した。

釣り漁

千曲川の釣り漁の代表はアユである。昔は日本海から遡上する天然アユであったが、ダムが出来てからは放流アユになっている。アユは「友釣り」が古くから行われている。また、上田盆地の釣り漁には「流し釣り」があり、ドジョウ・ミミズ・ヒルを餌に釣り鉤(かぎ)1−7本を付け、夕方川底に沈め、翌朝上げるもので、ウナギ・ナマズ・コイなどをつる。

ウケ漁

明治12年農商ニ関スル部 ウケの図
明治12年農商ニ関スル部 ウケの図
『長野県立歴史館 所蔵』

ウケは魚を落とし穴に入れる仕掛けをいう。魚の生態をうまく利用したほうほうで、そのウケに魚が入ったら出られない。上田付近ではハヤ・ヤマメ・カジカ漁が中心に行われた。

ヤナ漁

明治12年農商ニ関スル部 ヤナの図
明治12年農商ニ関スル部 ヤナの図
『長野県立歴史館 所蔵』

上田盆地の千曲川は早瀬をつくる急流であるため、川の分流をつくり、そこにヤナ(簗)を仕掛ける。ハヤ・ヤマメ・コイ・ウナギ・カジカ・サスリ・アユなどがこの方法で漁獲される。ヤナ漁の一種にモジ漁がある。これはカモジ篭という長さ4−5間(9m)、直径5−6尺(180cm)という大きな篭を使用した。

アミ漁

明治12年農商ニ関スル部 カイヅケの図
明治12年農商ニ関スル部 カイヅケの図
『長野県立歴史館 所蔵』

打網の種類で、投網や四つ手網などがある。コイ・ハヤ・フナなどを獲る。

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