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千曲川の災害の歴史



上田盆地千曲川水害の特色

上田盆地の千曲川は急流の流れの特徴である瀬となって流れている。河川勾配は小牧橋付近で130分の1(130m流下して1mの勾配)、上田橋から下流では190分の1−204分の1となる。その上千曲川は曲流(メアンダー)している。川岸に沿って州が出来ていて川岸にくっついた州を寄州(よりす)、川に囲まれた州を中州(なかす)といっている。上田大橋下流の中州は千曲川でも大きな中州となっている。

川が曲がるところは水衝部(すいしょうぶ)といって洪水時にはこの部分が川の攻撃を受けることとなる。そこで、この水衝部に堤防を築いて川の沿岸の田畑を洪水から守ったのである。江戸時代、上田藩では耕地が千曲川沿岸まで開かれるが、領内の田畑の流失を防ぐため、各村は川の沿岸に川除(かわよけ)をつくった。川除は堤防であるが、人力で築くため高さ4尺(1.2m)−9尺(2.7m)ほどで、大洪水には弱く、流失することが多かった。

平成元年上田盆地千曲川沿岸の堤防
平成元年上田盆地千曲川沿岸の堤防 『巨流千曲川』 p66−67

上田盆地の千曲川のように急流な川で堤防をつくる場合、霞堤(かすみてい)という方法がとられた。この方法は堤防を上流に向かって八の字のように短い堤防をつくるもので、堤防と堤防の重なり合う部分は間をおいている。洪水時にはこの部分にあふれた水が流入したり、また堤防の内側の水(内水 ないすい)を本流へ流すのによい構造をとっている。川の水衝部には必ず堤防をつくれば洪水を防ぐことが可能となる。この方法は甲斐国の武田信玄が考えた方法として知られ、一般に信玄堤(しんげんつつみ)とも呼ばれる。

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